あんたがたどこさ歌詞の意味|船場山のたぬきと戊辰戦争の裏歴史を暴く
あんたがたどこさ歌詞の意味|船場山のたぬきと戊辰戦争の裏歴史を暴くの全貌を詳しく解説してご紹介します。
歌詞の中核を成す「船場山(せんばやま)」とは一体どこを指しているのか。この論争には、熊本市船場川周辺を指すとする「肥後本流説」と、埼玉県川越市仙波山説(喜多院周辺)という有力な対抗馬が存在します。
熊本城の南側を流れる坪井川水系の船場川周辺には、かつて熊本城下を守る土塁や自然の高台が存在しました。地元民が「船場山」と俗称していたとされる場所ですが、厳密な意味での「山」ではなく、川沿いの微高地に過ぎません。現在、熊本市電の「洗馬橋(せんばばし)停留場」には愛らしいたぬきの銅像が設置され、発祥の地として親しまれています。しかし、もう一方の川越説も極めて強固な歴史的背景を有しています。武蔵国川越の喜多院周辺は古くから「仙波山」と呼ばれ、山王マウンドや鬱蒼とした森が広がる本物の丘陵地帯でした。
両説の根拠と学術的検証結果を以下の比較表にまとめました。
この2つの土地がなぜ結びついたのか。幕末期、徳川親藩であった川越藩の兵士たち、あるいは熊本城を拠点とした長州・肥後藩士の間で、東西の地名が地口(駄洒落・掛け言葉)として合体し、ひとつの童歌として全国に流布していった経緯が浮かび上がってきます。