羽田内閣はなぜ64日で崩壊したのか?社会党離脱の真相と激動の政治史
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政局の混乱ばかりが注目されがちな羽田内閣ですが、限られた任期の中で成し遂げた極めて重要な実績があります。それが「平成6年度(1994年度)本予算の成立」です。
当時、政界の混乱によって本予算の審議は大幅に遅延しており、暫定予算で糊口をしのぐ異常事態が続いていました。バブル崩壊後の長引く不況下において、予算の不成立は日本経済に壊滅的な打撃を与える懸念がありました。野党の自民党や社会党も経済の停滞を招く責任を避けるため、予算審議には応じる構えを見せ、6月23日に一般会計総額約73兆円の1994年度予算案が無事可決・成立しました。
また、文化的なアイコンとして国民の記憶に刻まれているのが、羽田首相自らが率先して着用した「省エネルック(半袖スーツ)」です。地球温暖化対策や省エネルギーの推進をアピールするため、公の場に半袖ジャケット姿で登場する羽田氏の姿は、現在の「クールビズ」の先駆けとして大きな話題を呼びました。