着物はなぜ消えた?戦時中の服装「もんぺ義務化」に隠された衝撃の真相
着物はなぜ消えた?戦時中の服装「もんぺ義務化」に隠された衝撃の真相の具体的な内容に迫る! 専門的な視点で紐解きます。
戦火が本土に迫るなか、子どもたちの服装もまた劇的な変化を余儀なくされました。小学生(当時の国民学校生)の男の子は半ズボンに略帽、女の子は簡易なもんぺや丈の短いスカートが基本となり、学年が上がるにつれて大人と同様のカーキ色や濃紺の服が主流となっていきます。
学徒動員や集団疎開の現場で必須とされたのが「防空頭巾」です。家庭科の授業や各家庭で手作りされた防空頭巾は、使わなくなった布団地や古い綿入れ半纏(はんてん)を解いて中綿を再利用する作り方が一般的でした。頭頂部と側頭部に厚く綿を詰め、爆風による飛来物や火の粉から頭部を守る構造になっており、緊急時にすぐ被れるよう肩口まで覆う垂れ布が付けられていました。
物資が極度に枯渇した大戦末期には、綿の代わりに「スフ(ステープル・ファイバー=化学処理した再生繊維)」が多用されましたが、水に弱く耐久性に乏しいという欠点がありました。それでも母親たちは布を何重にも刺し子にして強度を補うなど、手仕事で子どもの安全を確保しようと必死の努力を続けていたのです。