遊びをせんとや生まれけむの真相|梁塵秘抄が暴く哀愁と生の渇望

遊びをせんとや生まれけむの真相|梁塵秘抄が暴く哀愁と生の渇望に関する深掘り解説を詳しく解説いたします。

まず、歌の原典を正確に把握しておく必要があります。この歌は、平安時代末期に成立した今様歌謡集『梁塵秘抄』の巻第二(歌番号359番)に収載されている四句神楽・雑歌の一つです。

【原文】
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さえこそ動がるれ(揺るがるれ)

【読み(ひらがな)】
あそびをせんとや うまれけむ
たわぶれせんとや うまれけん
あそぶこどもの こえきけば
わがみさえこそ ゆるがるれ

【正確な現代語訳(逐語訳)】
「遊ぶために、私はこの世に生まれてきたのだろうか。
戯れるために、私は生まれてきたというのだろうか。
無心に遊んでいる子どもたちの声を聞いていると、
(どうしようもなく心が揺さぶられ)私の体までもが自然と動き出してしまう。」

文法的には、「せんとや」の「や」は疑問・反語を表す係助詞、「けむ(けん)」は過去推量を表す助動詞です。つまり、単に「遊ぼう!」と呼びかけているのではなく、「私は遊ぶために生まれてきたのだろうか、いや、そうではないはずなのに……」という、自己の出生の意味に対する深い自問自答が込められています。

そして結びの「我が身さえこそ動がるれ」は、子どもたちの無心な遊び声に引きずられるように、大人の肉体や魂が反射的に共鳴し、居ても立ってもいられなくなる激しい衝動を表現しています。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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