なぜ鎌倉で台湾リスが急増?可愛い見た目に潜む甚大な被害と定着の真相

なぜ鎌倉で台湾リスが急増?可愛い見た目に潜む甚大な被害と定着の真相の真相について、分かりやすい解説を取りまとめてご紹介します。

緑豊かな鎌倉の山々と閑静な住宅街をつなぐ樹林帯は、今や台湾リスにとって国内屈指の巨大な生息拠点となっています。本来は台湾から中国南部、東南アジアにかけて分布するこの南方系の樹上性リスが、なぜ日本の関東近郊にこれほど深く根付いてしまったのか。そのルーツは1951年、江の島にあった植物園にまで遡ります。

当時の報道や地域自治体の記録によると、江の島にあった民間観光施設で飼育されていた台湾リスが、台風による飼育ケージの破損をきっかけに集団で脱走しました。当初は江の島島内に留まっていたものの、陸繋砂州(現在の弁天橋周辺)を伝って湘南海岸の本土側へと渡海。海岸沿いのクロマツ林を天然の回廊として東進し、昭和後期には鎌倉市街地を取り囲む三浦半島の緑地帯へとなだれ込みました。

鎌倉の地形は、三方をなだらかな丘陵部に囲まれ、谷戸(やと)と呼ばれる湿潤で温暖な谷状の地形が複雑に入り組んでいます。スダジイやタブノキ、マツといった常緑広葉樹・針葉樹の混交林が広がり、餌となるドングリや果実、昆虫が年中途切れることがありません。さらに、天敵となるオオタカなどの大型猛禽類が都市近郊では限られていたこと、寺社林として古木・巨木が手厚く保護されてきたことが、樹上を主な生活圏とする台湾リスにとって完璧なサンクチュアリ(聖域)として機能しました。

そこに拍車をかけたのが、高度経済成長期から平成初期にかけて横行した観光客や一部住民による無自覚な餌付けです。「手乗りリス」として可愛がる行為が定着した結果、人間への警戒心が極端に薄れ、市街地と山林の境界を軽々と越えて繁殖する悪循環が完成してしまいました。

橋本 菜々子

橋本 菜々子

トレンドリサーチャー

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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