伊豆七島とは?実は7島ではない真相と東京管轄の歴史を完全解剖
伊豆七島とは?実は7島ではない真相と東京管轄の歴史を完全解剖について見逃せない ポイントを分かりやすい構成で解説いたします。
インターネット上の旅行コミュニティやSNSで定期的に議論を呼ぶのが、「伊豆七島というけれど、実際には7つ以上の島があるのではないか」という疑問です。結論から述べると、公的に「伊豆七島」と定義されてきた島は「大島・利島・新島・神津島・三宅島・御蔵島・八丈島」の7島ですが、現在定住者がいる有人島はこれに式根島と青ヶ島を加えた「計9島」が存在します。
この数字のズレが生じた理由は、江戸時代の行政管理制度に端を発します。江戸幕府の統治下において、幕府代官の支配拠点が置かれ、年貢の徴収や流刑(遠流)の対象地として公的に把握されていた主要な本島が、まさに前述の7島でした。当時、式根島は新島の付属島(無人島、あるいは新島島民による放牧・採取地)として扱われ、絶海の孤島である青ヶ島は八丈島の付属島(枝郷)として一括管理されていたため、公式な「島数」としてカウントされていなかったのです。
地理的な正式名称である「伊豆諸島」は、伊豆半島南方の海上約500キロメートルにわたり連なる大小100以上の島嶼・岩礁群全体(無人島である鵜渡根島、地内島、早島、大野原島、藺灘波島、鳥島、ベヨネース列岩、孀婦岩などを含む)を指す学術・行政上の総称です。現在、東京都総務局島嶼部や国土地理院、気象庁などの公的機関では、「有人島が2島除外されてしまい誤解を招く」という実情に配慮し、公式文書において「伊豆七島」という単語の単独使用を控え、「伊豆諸島」と表記する運用が標準化されています。