通州事件とは何か?日中戦争初期の惨劇と知られざる真相を追う
通州事件とは何か?日中戦争初期の惨劇と知られざる真相を追うの真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。
通州事件がこれほど大規模かつ凄惨な出来事であったにもかかわらず、なぜ日本の歴史教科書ではわずかな言及にとどまるか、あるいは記載そのものが見送られることが多いのでしょうか。教科書に載らない理由には、戦後の歴史教育が辿ってきた構造的な背景があります。
戦後の歴史教育では、大日本帝国による中国大陸への侵略拡大プロセスを反省的に総括することが教育目標の主軸に置かれました。その文脈において、日本側が甚大な被害を受けた通州事件を取り上げることは、「侵略戦争の責任を相対化させ、被害者意識を植え付けるのではないか」という配慮や教育的議論が長く続いてきたためです。また、限られた教科書のページ数の中で、盧溝橋事件から第二次上海事変、そして南京戦へと至る大きな軍事・政治の流れを優先して解説する編集方針も影響しています。
さらに、通州事件裁判の記録を巡っても大きな論争が存在します。戦後に行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)において、日本側弁護団は「日中戦争の拡大は日本側の一方的な侵略ではなく、通州事件のような日本人居留民に対する不法な虐殺から自国民を保護するための自衛行動でもあった」と主張し、生存者の宣誓供述書などを証拠として提出しようと試みました。
しかし、裁判長であったウェッブ判事は「この裁判は日本の侵略戦争の共同謀議を裁く場であり、個別の居留民被害は本法廷の起訴事実に対する直接的な反証とはみなされない」として、これら証拠の多くを却下・不受理としました。この国際法廷での決定が、事件が学術的・法論理的な検証の場から遠ざけられ、現代に至るまで左右のイデオロギー論争の具として消費されやすい土壌を作ってしまったと言わざるを得ません。