太宰治はなぜ「稀代のクズ」と呼ばれるのか?愛され続ける文豪の真実
太宰治はなぜ「稀代のクズ」と呼ばれるのか?愛され続ける文豪の真実とは一体何なのか? 専門的な分析を整理してお届けします。
太宰の私生活をさらに泥沼化させたのが、鎮痛剤「パビナール」への薬物中毒でした。盲腸炎と腹膜炎の治療薬として投与された麻酔性鎮痛剤の快感に溺れた太宰は、自力で断薬することができなくなり、幻覚や激しい情緒不安定に苦しめられます。薬代を工面するために借金を重ね、親類縁者から見放されていきました。
この時期の人間性を物語る決定的な事件が、作家・檀一雄を巻き込んだ通称「熱海事件」です。熱海の温泉旅館で豪遊した太宰は、宿泊代が払えなくなると、東京にいる作家の井伏鱒二に金を借りてくると言い出します。そして人質として旅館に残されたのが、親友の檀でした。
何日待っても太宰が戻らないため、不審に思った檀は旅館を抜け出し、東京の井伏邸へ向かいます。そこで檀が目撃したのは、井伏と縁側でのんびり将棋を指している太宰の姿でした。激怒する檀に対し、太宰は悪びれる様子もなく「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」と言い放ったと伝えられています。名作『走れメロス』の崇高な身代わり劇とは真逆の、あまりにも身勝手な借金踏み倒し・人質放置エピソードです。