古代の呪いは実在したのか?ツタンカーメン発掘の真相と科学のメス
古代の呪いは実在したのか?ツタンカーメン発掘の真相と科学のメスについて押さえておきたい ポイントを分かりやすく解説いたします。
怪談の象徴とされたカーナヴォン卿の死因は、現在では医学的に明確に解明されています。卿はエジプト滞在中に蚊に刺された頬の傷をカミソリで誤って切り、そこから細菌が侵入して丹毒(重篤な皮膚感染症)を発症しました。当時はペニシリンをはじめとする抗生物質が存在しない時代であり、感染は瞬く間に血液へと広がり、重度の肺炎を併発したことによる敗血症が直接の死因です。
もともとカーナヴォン卿は、1901年に起こした深刻な自動車事故の後遺症により重い呼吸器疾患を患っており、療養のためにエジプトの乾燥した気候を求めて訪れていました。極めて脆弱だった彼の体調を考慮すれば、過酷な環境下での重労働と重篤な感染症の併発が致命傷となったことは医学的に極めて自然な帰結といえます。
また、呪いの犠牲者として名前が挙がる関係者のリストを詳細に精査すると、統計学的な矛盾も浮き彫りになります。1934年にアメリカの疫学者や歴史家たちが行った追跡調査、さらにはオーストラリアの研究チームが発表した分析によると、王墓の開封現場に居合わせた主要メンバー26名のうち、発掘後10年以内に亡くなったのはわずか6名でした。これは当時の平均寿命と比較しても何ら異常な死亡率ではありません。