北勝海と千代の富士の絆と不仲説|九重部屋の宿命と理事長選の真相
北勝海と千代の富士の絆と不仲説|九重部屋の宿命と理事長選の真相にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
長年囁かれた「北勝海と千代の富士の不仲説」が決定的なものとして世間に認識されたのは、2010年代に入って激化した日本相撲協会の理事長選を巡る対立でした。
大相撲界のカリスマとして絶大な知名度を誇った九重親方(千代の富士)は、早くから相撲協会のトップである理事長就任に強い野心を持っていました。伝統的な派閥力学に囚われず、自らの信念を貫く九重親方は、時に主流派と衝突することも辞さない孤高の姿勢を取りました。一方、八角親方(北勝海)は所属する高砂一門のまとめ役として地道に発言力を高め、当時の北の湖理事長体制の要所である事業部長などの重職を歴任し、協会主流派の中核へと登り詰めていったのです。
決定的な亀裂が走ったのは、2015年11月に北の湖理事長が急逝した直後のことでした。急遽行われた後任理事長選において、協会主流派が推す八角親方に対し、九重親方は対立陣営(貴乃花親方支持勢力などを含む改革派)と連携する動きを見せ、真っ向から対立する構図となりました。結果として八角親方が理事長に就任し、九重親方は主流派から完全に外れることになります。
かつて同じ土俵で血と汗を流した兄弟弟子が、協会の権力闘争において「主流派の頂点」と「非主流派の重鎮」として完全に袂を分かつことになったこの権力闘争こそが、世間に「決定的な不仲」と印象付けた最大の要因でした。