吉本新喜劇の歴代座長を総力取材!交代劇の真相と上方笑いの系譜
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昭和40年代から50年代にかけての黄金期を語る上で、花紀京と岡八朗のライバル関係は外せない。緻密な間と知性で舞台をコントロールする花紀に対し、規格外の泥臭いボケと愛嬌で客席を沸かせた岡。対照的な二人の巨頭が競い合うことで、劇団の動員力は劇的に跳ね上がった。
弱冠24歳で座長に抜擢された間寛平の就任劇もまた異例の事態だった。「アメマ」「かい〜の」といった突飛なギャグで一世を風靡した寛平だが、若くして重責を担ったプレッシャーは凄まじく、連日劇場に泊まり込んでネタを練り直す日々だったと述懐されている。木村進との名コンビで一時代を築いたものの、マンネリ化と興行収入の低下という現実が忍び寄る。
1989年に断行された「やめよッカナ?キャンペーン」は、事実上の劇団解体・再編宣言であった。期限内に動員目標を達成できなければ劇団を解散するという極限状態の中、昭和を支えたベテラン座長たちが第一線を退き、若手へと主役の座を明け渡す劇的な世代交代が敢行された。劇場生き残りをかけたこの冷徹な経営判断が、結果として劇団の息を吹き返させる契機となった。