【衝撃の真相】代々木公園や上野にいたイラン人売人の場所はなぜ消えた?
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白昼堂々と公園を占拠していた売人たちは、なぜ忽然と姿を消したのか。その転換点となったのは、政府による法制度の根本的な見直しと、警視庁が総力を挙げて実施した徹底的な物理的排除作戦でした。
最大の転換点は1992年(平成4年)4月15日に断行された「日本・イラン査証免除協定の一時停止」です。この措置によって、観光目的を装って来日し、そのまま不法残留して不法就労や地下ビジネスに流れる新規流入ルートが完全に遮断されました。法務省入国管理局(現・出入国在留管理庁)の統計によると、ピーク時には約4万人規模に達していたイラン人の不法残留者数は、新規供給が絶たれたことで確実に減少へと向かいます。
続いて警視庁は、都市の治安を取り戻すべく大規模な実力行使に打って出ました。これが現在も語り継がれる「代々木公園・上野公園の一斉摘発作戦」です。警視庁は機動隊、組織犯罪対策部門(当時の保安部・銃器薬物対策課)、所轄警察署から数百人規模の捜査員を動員。週末の代々木公園や上野公園を完全に包囲し、出入口を封鎖した上で一斉に職務質問と所持品検査を実施しました。
さらに、単なる身柄拘束にとどまらず、公園の環境設計そのものを改変する「環境犯罪学」に基づく都市対策が徹底されました。
- 死角の徹底排除:鬱蒼と茂っていた低木や植え込みを大胆に伐採し、見通しを確保。
- 物理的障壁の設置:売人が溜まり場にしていた歩道橋の側壁にフェンスを増設し、長時間の立ち止まりを物理的に阻止。
- 通信インフラの解体:密売の連絡手段として悪用されていた公園内外の公衆電話を次々に撤去・移設。
- 定時パトロールと監視カメラの導入:民間警備員と警察官による24時間体制の巡回を実施。
入管による強制退去処分(強制送還)の迅速化と、不法就労助長罪の厳格な適用によってアジトや雇い主側の受け皿も解体され、彼らは街頭での活動拠点を完全に失いました。こうして1990年代後半から2000年代初頭にかけて、東京の大規模公園から売人の姿は一掃されたのです。