大分の名所「青の洞門」30年手彫りの真相と耶馬渓観光完全ガイド
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青の洞門が日本の土木史上および経済史上において特筆されるのは、ここが「日本初の有料道路」として運用された点です。1750年(寛延3年)に一部開通した際、禅海和尚は工事資金の回収と人件費の維持のため、人からは4文、牛馬からは8文の通行料を徴収する規定を設けました。これは現代の独立採算型インフラ整備の先駆的事例といえます。
現在残されている青の洞門は、明治期に軍用道路改修のため一部が爆破・拡幅されており、当時の原型そのままではありません。しかし、洞内には禅海和尚が掘った当時の「手掘り洞窟」のノミ跡がくっきりと残る保存区間が今も維持されています。岩肌に穿たれた採光窓からは山国川のエメラルドグリーンの水面が差し込み、当時の過酷な現場の空気感を鮮烈に伝えています。