更級日記「門出」徹底解読!菅原孝標女の異様な執念とテスト頻出点
更級日記「門出」徹底解読!菅原孝標女の異様な執念とテスト頻出点の注目されている理由を丁寧にまとめました。全体像を一目で把握できます。
『更級日記』の冒頭「門出」は、古典文学の中でも屈指の印象的な書き出しで始まります。「東路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人」というフレーズは、自らを都の洗練から遠く切り離された未開の地に育った田舎者として卑下しつつも、強烈な自己意識を提示する名文です。
必読記事
作者である菅原孝標女(1008年生まれ、菅原道真の末裔)は、父・菅原孝標の上総介(地方長官)としての任期満了に伴い、寛仁4年(1020年)の秋、13歳で上総から平安京へと帰京することになりました。長旅の出発点となったのは、現在の千葉県市原市付近とされる国府周辺です。旅立ちに際して仮設の宿所(いほり)に移り住み、砂払いや祓えの儀式を行いながら、少女の胸の内を占めていたのは旅の不安でも家族の事情でもなく、ただひとつ、『源氏物語』への異常な憧れでした。
姉や継母、都から訪れる人々が断片的に語る「光源氏」や「夕顔」「浮舟」といった魅力的な登場人物たちのエピソードを聞くにつれ、彼女の妄想は限界まで膨れ上がります。「自然にまかせて都へ上ったならば、どれほど多くの物語を手に入れることができるだろうか」と胸を高鳴らせ、昼夜を問わず物語のことばかりを考え続ける少女の姿が、臨場感あふれる筆致で描かれています。