早稲田の櫛部事件とは?箱根駅伝大失速の真相と名将への奇跡の軌跡
早稲田の櫛部事件とは?箱根駅伝大失速の真相と名将への奇跡の軌跡の疑問点について、分かりやすい解説を基に徹底解説します。
ネット上の掲示板やSNSでは、この事件をめぐって「瀬古監督の無謀な指示が原因だったのではないか」「レース後に選手と監督の間で深刻な不和が生じたのではないか」といったセンセーショナルな噂が長年囁かれてきました。しかし、関係各位の証言を精査すると、そうした俗説の多くは実態と大きくかけ離れています。
当時、監督室でモニターを見守っていた瀬古利彦は、愛弟子のふらつく姿に顔面を蒼白にし、ただ「静二、もういい、倒れてもいいから無理をするな」と祈るように叫んでいたと伝えられています。厳格な指導者として知られた瀬古でしたが、中継所に倒れ込んできた櫛部を叱責することは一切ありませんでした。むしろ、エースに重責を一身に背負わせてしまった自らのマネジメントを深く悔やみ、レース後は真っ先に櫛部の体調を案じ続けました。
また、襷を受けた2区の渡辺康幸が「櫛部さんの無念を晴らす」と鬼気迫る走りでごぼう抜きを演じ、区間新記録を叩き出したこと、3区の武井隆次、4区の花田勝彦が猛烈な追い上げを見せてチームを立て直した事実は、部内の結束の強さを如実に証明しています。結果として早稲田は総合優勝を逃し順天堂大学の後塵を拝することとなりましたが、この敗北によってチームが空中分解することはなく、むしろ選手間の絆は強固なものとなりました。