『マッサン』裏でサントリー激怒?ウイスキー愛憎劇とNhkの誤算
『マッサン』裏でサントリー激怒?ウイスキー愛憎劇とNhkの誤算の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。
日本の本格ウイスキー造りは、竹鶴政孝というひとりの青年がスコットランドで学んだ技術と、鳥井信治郎という稀代の実業家が持っていた圧倒的な先見の明が出会うことで始まった。二人がタッグを組み、1923年に建設に着手したのが京都郊外の山崎蒸溜所である。
しかし、二人の情熱は次第に異なる方向へと舵を切り始める。スコットランドの伝統に忠実であり、重厚でスモーキーな本場の味をそのまま再現しようとした竹鶴に対し、鳥井は「日本人の繊細な味覚に合う、まろやかで飲みやすいウイスキー」の追求を主張した。この理念の相違は、妥協を許さない技術者と、市場を拓く経営者という二人の立場の違いでもあった。山崎蒸溜所で生み出された最初のウイスキー「寿屋白札」が市場で苦戦したことも、二人の距離をさらに広げる要因となった。