古代ローマ服装の身分格差と真実|なぜ貴族は不便なトガを着続けたのか

古代ローマ服装の身分格差と真実|なぜ貴族は不便なトガを着続けたのかに関する深掘り解説を分かりやすく解説いたします。

男性がトガのドレープで威厳を競う一方、女性たちの服装規律もまた厳格極まるものでした。自由民の正式な既婚女性(マトロナ)にのみ許された衣服が「ストラ(stola)」です。

ストラは足首まで届くエレガントなプリーツドレスで、下着代わりのアンダーチュニックの上に重ねて着用されました。肩部分は「フィブラ」と呼ばれる安全ピン状の装飾金具で留められ、裾には「インスティタ」と呼ばれる縁飾りが施されていました。外出時には、その上からさらに「パラ(palla)」と呼ばれる巨大な長方形のショールをまとい、頭部まで覆い隠すのが上流階級の礼儀作法でした。

このパラを被る所作は、他人の視線から貞淑な身を守る「 modesty(謙譲)」の現れとされ、夫以外の男性に素肌や豊かな髪を見せることは重罪に等しい恥辱と見なされたのです。万が一、不貞を働いて離婚された女性は、ストラを剥奪され、代わりに「不名誉の印」として娼婦と同じトガの着用を強制されました。衣服は名誉の証であると同時に、烙印でもあったわけです。

一方、近年ネット上や歴史ファンの間で最も好奇心を集めているのが、古代ローマの「下着事情」です。「古代人は服の下に何も着ていなかったのではないか」という俗説がありますが、これは明確な誤りです。

男女ともに、腰回りにはリネンや薄手ウールで作られた「スブルリガクルム(subligaculum)」と呼ばれる腰布(ふんどし・ブリーフの原型)を着用していました。さらに女性たちは、胸を支え締め付けるための革やリネン製の布帯「ストロフィウム(strophium)」や「マミラレ(mamillare)」を愛用していました。

イタリア・シチリア島の世界遺産カサーレ別荘(ピアッツァ・アルメリーナ)に残る有名な4世紀の床モザイク画「十人の競技乙女(通称:ビキニの少女たち)」には、現代のセパレート型水着と寸分違わぬ下着姿でダンベル運動や円盤投げに興じる女性たちの姿が鮮明に残されています。ローマの下着は、驚くほど現代的かつ機能的に完成されていたのです。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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