ネルソン・マンデラ奇跡の生涯|27年の獄中から南ア大統領へ至る真相
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1990年2月11日、全世界が固唾を呑んで見守る中、マンデラは71歳でヴィクター・フェルスター刑務所から堂々たる足取りで釈放されました。南アフリカ政府が突如として彼を解放し、人種隔離政策の完全撤廃へと舵を切った背景には、感情論だけでは説明のつかない冷徹な国際情勢と構造的要因が存在していました。
撤廃を決定づけた最大の要因は、世界規模で張り巡らされた「経済制裁の包囲網」と「冷戦の終結」です。1980年代後半、国際社会は南アフリカに対する投資引き揚げや貿易停止、オリンピックを含む国際スポーツ界からの追放を本格化させました。主要輸出品である鉱物資源の取引制限や外貨準備の枯渇により、南アフリカ経済は事実上の破綻寸前に追い込まれていたのです。加えて1989年のベルリンの壁崩壊によって東側諸国の脅威が消滅したため、白人政権がこれまで掲げていた「黒人解放運動=共産主義の脅威」という防共の口実が完全に通用しなくなりました。
この危機的状況を正確に見抜き、現実主義的な英断を下したのが、1989年に就任したF・W・デクラーク大統領でした。デクラークは白人社会内部の猛反発を押し切り、ANCの非合法化解除とマンデラの無条件釈放を決断。二人は時に激しい罵倒や政治的駆け引きを交わしながらも、全面的な内戦を回避すべく粘り強い交渉のテーブルに着き続けました。
1993年、マンデラとデクラークの2名に対してノーベル平和賞が授与されました。選考委員会が示した授賞理由は、「アパルトヘイト体制の平和的終結に向けた不断の努力と、新たな民主的南アフリカの基盤を築いた功績」でした。自らの支持基盤からの暗殺予告や「裏切り者」という激しい非難に晒されながらも、対話を諦めなかった政治的指導者たちによる奇跡の到達点でした。