小和田家家系図の真相|村上藩士のルーツから雅子さま実家の現在まで

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小和田家のルーツを探る上で、まず起点となるのが雅子さまの父である小和田恆(ひさし)氏の経歴です。1932年に新潟県新発田市で生まれた恆氏は、東京大学教養学部を卒業後に外務省へ入省。条約局長、事務次官という外交官の頂点を極めた後、国連大使、さらには「世界の最高裁判所」と呼ばれるオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)所長を日本人として初めて務めました。国際法の泰斗として世界に名を馳せる恆氏の存在こそが、小和田家を「現代屈指の知性派一族」として広く知らしめた最大の要因です。

この卓越した学学の精神は、突如として現れたものではありません。恆氏の父であり雅子さまの祖父にあたる小和田毅夫(たけお)氏は、東京帝国大学文科大学を卒業後、新潟県立村上高等女学校や新潟県立高田第一高等学校(現在の高田高校)の校長を歴任し、戦後は新潟県教育委員会の教育長を務めた高名な教育者でした。教育者として実直に生きた毅夫氏の背中が、息子の恆氏やその孫たちへと無言の薫陶を与えていたことは、親族の回顧録からも明らかです。

さらに世代を遡ると、小和田家の本籍地である新潟県村上市の小和田家の足跡に行き着きます。江戸時代、村上藩(内藤家5万石)に仕えた村上藩士・小和田家は、禄高数十石の徒士(かち)組に属した中級武士でした。記録に残る始祖・小和田兵六(新助)匡利から数えて、恆氏は第9代にあたります。武士の時代から明治・大正・昭和の近代教育制度への移行期にかけて、武芸の家系から教育・官僚の家系へと見事な転換を遂げながら、一貫して「公(おおやけ)に尽くす気風」を保ち続けてきた系譜です。

佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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