藤岡弘、の若い頃が超絶イケメン!奇跡の生還劇と子供へ継ぐDnaの真実
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藤岡氏の名を不滅のものとしたのが、1971年4月に放映が開始された特撮ドラマ『仮面ライダー』の主人公・初代仮面ライダー 本郷猛役への抜擢です。知性と筋骨隆々の肉体を兼ね備えた天才科学者という役柄は、まさに彼のために用意されたような当たり役でした。しかし、この栄光のスタート直後、テレビ史に残る悲劇と奇跡が同時に訪れます。
第9話・第10話のバイク走行シーンの撮影中、時速80kmから90kmの猛スピードでコーナリングを試みた際、車体がスリップして電柱に激突。藤岡氏は吹き飛ばされ、左大腿骨を複雑骨折、骨が筋肉を突き破るという壊滅的な重傷を負いました。当時の医療水準では「左脚切断の可能性」「一生車椅子生活」を宣告されるほどの絶望的な現場状況でした。
自著や後年のドキュメンタリー特番のインタビューにおいて、藤岡氏は当時の心境をこう振り返っています。
「病室の天井を見つめながら、暗闇の中で何度も意識が遠のいた。だが、自分を信じて待ってくれている子供たちの笑顔と、武道家として培った魂だけは絶対に裏切れないと、激痛の中で歯を食いしばり続けた」
驚くべきことに、彼は過酷極まるリハビリテーションを完遂し、奇跡的な回復力で現場へと復帰を果たします。主役の離脱という最大の危機に際し、東映制作陣は「一文字隼人(仮面ライダー2号)」を急遽投入し、変身ポーズを導入。この演出が爆発的ヒットを牽引し、のちの本郷猛の復活劇へと繋がりました。怪我を乗り越えてスクリーンに帰ってきた藤岡氏の表情には、若き日の端正さに加えて、死線をくぐり抜けた者だけが宿す本物の風格が刻まれていました。