世界遺産・二条城の全貌!本丸御殿公開と大政奉還の舞台を徹底解剖

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二条城を語る上で欠かせないのが、慶長8年(1603年)に初代将軍・徳川家康が命じた築城の背景です。当時、関ヶ原の戦いを制したばかりの家康にとって、京都は依然として豊臣方の影響が色濃く残る緊迫した都市でした。家康が二条城を建てた最大の理由は、京都御所の守護および天皇への拝謁時の宿泊所と対外的に示しつつ、実際には西国大名の監視と朝廷への無言の威圧をかける軍事・政治拠点とするためでした。

家康はこの城の大広間で将軍就任の祝賀の儀を行い、徳川の覇権を天下に知らしめました。皮肉にもそれから約260年後の慶応3年(1867年)、15代将軍・徳川慶喜が諸藩の重臣を集め、政権を朝廷へ返上する「大政奉還」を表明したのも、同じ二条城・二の丸御殿の大広間でした。江戸幕府の幕を開け、同時に幕を下ろした歴史の特異点――これこそが二条城が日本の城郭の中でも別格の存在感を放つ理由です。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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