バケモノの子で楓はいらない?嫌われる理由と本当の存在意義を徹底解剖

バケモノの子で楓はいらない?嫌われる理由と本当の存在意義を徹底解剖についての真相をお届けします。

楓という少女単体に対するヘイトや「うざい」という感情は、具体的にどのような描写から生まれているのでしょうか。視聴者の心理を深掘りすると、主に以下の3点に集約されます。

第1に、九太に対する一方的な価値観の押し付けと説教臭さです。楓はいじめに耐えながら親の期待に応えるため必死に勉強している真面目な優等生として描かれます。しかし、字が読めない九太に対して初対面に近い段階から勉強を教え込み、自分の生き方や正論を熱っぽく語る姿が、一部の視聴者には「上から目線で押し付けがましい」と映ってしまいました。

第2に、終盤のクライマックスにおける無謀すぎる行動です。一郎彦が巨大な鯨の化け物となって渋谷の街を破壊し、命の危険が迫る非常事態の中で、楓は九太の静止を振り切って決戦の現場へと同行します。自衛の手段を持たない一般の女子高生が戦場に足を踏み入れる展開は、「足手まといになるだけ」「状況を悪化させている」という強い苛立ちを招く要因になりました。

第3に、熊徹と九太の間に割り込んできた異物感です。観客が最も感情移入していた「熊徹と九太の絆」の領域に、ポッと出の人間の少女が急速に深く関わってくることに対し、無意識の拒絶反応を示してしまうファンが少なくありませんでした。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest