氷室京介の妻・珠枝夫人の素顔と現在|下積みからLa豪邸までの全貌
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氷室京介がプライベートを公の場で語る機会は極めて限られていますが、ファンや音楽関係者の間では、その愛妻が「珠枝(たまえ)」夫人であることは広く知られています。メディアへの露出を極力控え、一般人としての節度を保ち続けているため、公の席に夫婦揃って登場することは原則としてありません。しかし、その存在感は氷室自身の数々の発言や、初期のインタビューの端々に深く刻み込まれています。
二人の出会いは、氷室がまだ何者でもなかった群馬県高崎市での学生時代に遡ります。珠枝さんは氷室の1学年後輩にあたり、地元のアマチュアバンドシーンで活動していた氷室と知り合いました。当時の氷室は血気盛んで、音楽に対して妥協を許さない純粋さと危うさを同居させた青年でした。そんな彼に対して、珠枝さんは決して迎合することなく、冷静かつ温かい視線で寄り添っていたと伝えられています。
1980年代初頭、上京した氷室京介を待ち受けていたのは、過酷な下積み生活でした。東京都杉並区高円寺や阿佐ヶ谷周辺の家賃数万円の木造アパートに身を寄せ、音楽活動のための資金繰りに奔走する日々。当時はアルバイトを掛け持ちしてもスタジオ代や機材費で消えていく生活でしたが、珠枝さんは自らも働きに出て生活費を補い、氷室が音楽だけに没頭できる環境を愚痴ひとつ言わずに整え続けました。
二人が正式に入籍したのは、BOØWYがシングル『ホンキー・トンキー・クレイジー』などでブレイクの兆しを見せ始める直前、1983年前後とされています。売れるかどうかも定かではない無名のロックシンガーと人生を共にする決断を下した珠枝さんの覚悟は、並大抵のものではありません。氷室自身、後年のインタビューで「売れない時代に飯を食わせてくれたのは彼女だった」という趣旨の感謝を口にしており、彼女がいなければ日本のロック史を塗り替えたカリスマ・氷室京介は誕生していなかったと言っても過言ではありません。