イスラエルのネタニヤフ首相はなぜ退陣しない?逮捕状と強硬姿勢の真相
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ネタニヤフ氏の権力への執着を理解するには、その生い立ちと華々しいキャリアを振り返る必要があります。1949年にテルアビブで生まれたネタニヤフ氏は、イスラエル建国後に生まれた初の首相であり、幼少期から「ビビ(Bibi)」の愛称で親しまれてきました。父親のベンシオン・ネタニヤフ氏は著名なユダヤ史学者であり、妥協なきシオニズム思想を息子たちに徹底的に叩き込みました。
イスラエル国防軍のエリート特殊部隊「サイェレット・マトカル」に所属した彼は、数々の極秘作戦に従事。除隊後はアメリカに渡り、マサチューセッツ工科大学(MIT)で建築学と経営学の学位を取得、さらにハーバード大学で政治学を学ぶという超一流の学歴を築きました。流暢なアメリカ英語と洗練された弁舌は、後の国際交渉において最大の武器となります。
彼の人生における最大の転機は、1976年の「エンテベ空港奇襲作戦」でした。人質救出作戦を指揮した実兄ヨナタン(ヨニ)氏の戦死は、ネタニヤフ氏のテロ対策のスペシャリストとしての名声を高め、政界進出への強固な跳ね馬となったのです。1996年に史上最年少の46歳で首相に初就任して以来、1996〜1999年、2009〜2026年、そして2026年以降と、通算在任期間は初代首相ダヴィド・ベン=グリオンを超え、イスラエル史上最長を記録しています。
一方で、プライベートでは3度の結婚を経験しており、1991年に再々婚した妻サラ(Sara)氏の存在が常に政権運営に影を落としています。元フライトアテンダントで教育心理士のサラ氏は、閣僚や軍幹部の人事にまで口を出す「影の権力者」としてメディアでしばしば批判の対象となってきました。公金の私的流用疑惑や官邸スタッフへのパワハラ騒動で有罪判決を受けた過去もあり、首相公邸を巡るスキャンダルは国民のネタニヤフ家に対する不信感を決定づける一因となっています。