呉越同舟とは何か?孫子の真相と同床異夢との違いを徹底解説

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呉越同舟の典拠は、紀元前5世紀頃の中国・春秋戦国時代の軍事思想家である孫武(孫子)が著した兵法書『孫子』の「九地篇(きゅうちへん)」に記された一節です。

当時、長江下流域に位置していた「呉(ご)」と「越(えつ)」の二国は、隣国同士として何代にもわたり熾烈な領土争いを繰り広げていました。互いの国王を討ち合い、復讐を誓い合う「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」の舞台となったことでも知られる、まさに絵に描いたような宿敵同士です。

『孫子』九地篇に記された原典の漢文と書き下し文

『孫子』九地篇には、以下のように記されています。

【原文】
「夫呉人与越人相悪也、当其同舟而済遇風也、其相救也如左右手。」

【書き下し文】
「夫(そ)れ呉人と越人とは相(あい)悪(にく)むも、其の舟を同じくして済(わた)りて風に遇(あ)うに当たりては、其の相救うや左右の手の如し。」

【現代語訳】
「そもそも呉の人と越の人は互いに憎み合っているが、同じ舟に乗って川を渡っているときに強風(嵐)に遭遇したならば、まるで自分の右手が左手を助けるように一心同体となって助け合うものだ。」

孫武がこの例えを持ち出した本来の意図は、「仲良く舟に乗ろう」という道徳的な話ではありません。指揮官が兵士を動かす際、「兵士たちを逃げ場のない死地に置き、共通の危機に直面させれば、兵士同士の個人的な反目など消し飛び、必死になって左右の手のように連携する」という、冷徹な統率術(心理操作)を説いた場面でした。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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