「寂しい」と「淋しい」の違いは?公用文の基準と使い分けの決定打
「寂しい」と「淋しい」の違いは?公用文の基準と使い分けの決定打についての疑問解決ガイドをご紹介します。
公用文の制約を離れた場合、私たちはなぜ「寂しい」と「淋しい」を無意識に書き分けるのでしょうか。その答えは、それぞれの漢字が持つ成り立ちと視覚的イメージの差異にあります。
「寂」という漢字は、「宀(うかんむり=家)」と「叔(細い、小さい、静か)」が組み合わさってできた文字です。家の中に人がおらず、物音が絶えてひっそりと静まり返っている状態を意味します。「閑寂」「寂然」「寂れた町」といった熟語からも分かるとおり、孤独感と客観的状況の違いにおいて、「寂しい」は空間的・環境的な静けさや、何かが欠けて物足りないという客観的事実を捉える傾向が強くなります。
一方の「淋」は、「氵(さんずい=水・滴)」に「林」を重ねた会意文字です。木々が鬱蒼と茂る森に雨が絶え間なく降り注ぎ、しずくがポタポタと滴り落ちる様子を表しています。「淋漓(りんり=血や汗が滴るさま)」という言葉があるように、水分や涙の存在を強く想起させます。そこから転じて、こらえきれずにあふれる涙、胸を締めつけられるような主観的でウェットな孤独、身を切るような切なさを描写する際に選ばれてきました。
近代文学やJ-POPのヒットソングにおいて、「淋しい熱帯魚」や数多くの私小説で「淋しい」の表記が愛用されてきたのは、文字そのものが持つ「湿り気」や「情緒的な痛み」が読者の共感を誘うからです。