千葉・御宿「月の砂漠」の真相と由来|加藤まさをの足跡と現在の見どころ
千葉・御宿「月の砂漠」の真相と由来|加藤まさをの足跡と現在の見どころの全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。
千葉県外房に位置する御宿町が『月の沙漠』発祥の地と呼ばれる背景には、大正時代に一世を風靡した抒情画家・詩人の加藤まさを(本名・加藤正男 / 1897–1977)の壮絶な闘病生活がありました。
東京高等音楽学校(現在の国立音楽大学)でピアノを学び、画家としても才能を発揮していた若き日の加藤まさをは、当時不治の病と恐れられていた結核に倒れます。医師から転地療養を勧められた彼は、大正10年(1921年)頃、白砂青松の美しい自然が広がる千葉県夷隅郡御宿町(現在の御宿海岸周辺)に居を移しました。
当時の手記や関係者の回想録によると、病に伏す加藤まさをは、夜になると静まり返った御宿の白い砂浜に立ち、月光に照らされて銀色に輝く太平洋と砂丘を眺めていたと記されています。昼間の陽気な海水浴場とは一変し、どこまでも続く月夜の砂浜。孤独と死の恐怖に直面していた20代前半の青年詩人の瞳には、その砂浜が遠い異国の果てしない「沙漠」として映し出されました。
この御宿海岸での実体験と心象風景が融合し、大正12年(1923年)、少女向け雑誌『少女倶楽部』3月号に発表された詩が『月の沙漠』です。その後、作曲家・佐々木すぐるによって哀愁を帯びた旋律がつけられ、世代を超えて愛される不朽の名曲となりました。