サッカー史を揺るがす「神の左手」事件の真相とVar誕生の必然
話題沸騰中の サッカー史を揺るがす「神の左手」事件の真相とVar誕生の必然について、多角的な視点を整理して公開しています。
試合終了のホイッスルが吹かれた瞬間、スタッド・ド・フランスに歓喜の渦は訪れませんでした。異様なざわめきと、アイルランド選手たちの鬼気迫る形相がピッチを覆い尽くしていたのです。当時のテレビ特番インタビューや現場の記者が伝えた緊迫感は、通常のフットボールの枠組みを完全に逸脱していました。
試合終了直後、茫然自失となってピッチに座り込んでいたアイルランド代表DFリチャード・ダンの元へ、アンリ自らが歩み寄りました。ダンが後に英メディアの手記で明かしたところによると、アンリはその場で「すまない、ハンドだった。でも意図的ではなかったんだ」と耳打ちしたとされています。さらに試合後のミックスゾーンにおいて、アンリは報道陣に対して自らこう言い放ちました。
「正直に言うよ。確かにハンドだった。だが私は審判ではない。ボールが手に当たった後、プレーを続けただけだ。最もフェアな解決策は、再試合を行うことだ」
この率直すぎる告白は、火に油を注ぐ結果となります。アイルランド国民にとって、4年に一度のワールドカップ出場権を、誤審と対戦相手の不正によって奪われた絶望感は計り知れませんでした。ダブリンの街頭ではデモが発生し、アイルランドのブライアン・カウエン首相(当時)がフランスのニコラ・サルコジ大統領に対して公式に再試合の支持を求めるなど、事態は一国のスポーツを超えた国際外交問題へとエスカレートしたのです。
当時のフランス国内メディアの反応も冷ややかなものでした。名門スポーツ紙『レキップ』は翌朝の一面で「奇跡、そして恥辱」という見出しを掲げ、自国代表の予選突破を誇るどころか、アンリの行動によってフランスのフットボールが誇る名誉が失墜したと痛烈に批判しました。英雄として崇拝されていたアンリのアメリカ移籍や代表引退への道筋には、この日の深い影が確実に落ちていたのです。