月に兎がいる理由とは?兎月の由来と切なすぎる仏教説話の真相
月に兎がいる理由とは?兎月の由来と切なすぎる仏教説話の真相について重要なポイントを解説いたします。専門家の見解をお届けします。
「月の兎」というイメージの起源を遡ると、紀元前の古代インドで成立した仏教説話集『ジャータカ(本生譚)』の「ササ・ジャータカ(兎本生)」に行き着きます。この説話は平安時代後期の説話集『今昔物語集』巻五にも「三獣行菩薩道兎焼身語(さんじゅうぼさつのどうをおこないうさぎみをやくこと)」として採録され、日本人の精神文化に深く根付くことになりました。
物語のあらすじは、現代の私たちが抱く愛らしい兎のイメージとは対照的に、極めて胸を締め付けられるものです。
山の中で修行を積んでいた狐、獺(カワウソ)、猿、そして兎の4匹のもとに、空腹で倒れそうなみすぼらしい老人が現れます。動物たちは老人を救うため、それぞれ食べ物を探しに出かけました。猿は木に登って木の実を採り、獺は川で魚を捕らえ、狐は墓所から供え物の肉を調達して老人に捧げます。しかし、草しか食べられない非力な兎だけは、どんなに探しても食べ物を見つけることができませんでした。
仲間の動物たちから嘲笑され、自身の無力さに苦悩した兎は、ある決断を下します。「火を焚いてほしい」と仲間に頼み、燃え盛る炎の中に「自分の肉を食べてください」と自ら飛び込んだのです。
実は、この老人の正体は神々の帝王である帝釈天(たいしゃくてん)でした。動物たちの慈悲の心を試すために姿を変えて現れていた帝釈天は、兎の純粋で尊い自己犠牲に深く心を打たれます。そして「この慈悲深い行いを後世まで忘れさせないように」と、兎の姿をそのまま月へと昇らせ、煙とともに月の表面に影として刻みつけたと伝えられています。