彼岸花の別名が怖い理由とは?1000の異名と曼珠沙華の真実を追う

彼岸花の別名が怖い理由とは?1000の異名と曼珠沙華の真実を追うとはどのようなものなのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。

彼岸花が「墓場に咲く花」として定着したのには、日本の葬送文化における明確な実用目的がありました。

昭和初期頃まで日本全国で一般的だった「土葬(どそう)」の時代、埋葬された遺体をモグラや野犬、タヌキ、キツネなどの野生動物が掘り返してしまう事故が深刻な問題でした。そこで人々は、動物が嫌う猛毒のリコリンを含む彼岸花の球根を遺体の周囲や墓地の境界に隙間なく植え付けました。動物たちは球根の刺激臭と毒性を警戒して近寄らなくなり、結果として遺体を荒らされるのを防ぐ防獣バリアとして機能したのです。

同様の防除機能は、水田の畦道や段々畑の斜面でも活用されました。モグラが畦に穴を開けると水田の水が抜けてしまうため、畦に彼岸花を植えてモグラの侵入を防ぎ、さらにその根が網目状に強く張ることで土手崩れを防ぐ「土留め」の役割を果たしていました。

さらに調査を進めると、もう一つの切実な歴史が浮かび上がります。それが飢饉(ききん)を生き延びるための「救荒作物」としての役割です。

彼岸花の球根に含まれるリコリンは水溶性(水に溶けやすい性質)を持っています。江戸時代の天保の大飢饉などの極限状態において、民衆は球根をすり潰し、流水に何度も晒して毒素を完全に抜いた後、沈殿したデンプンを加熱して餅や粥にして食いつなぎました。命を奪う猛毒の花は、同時に飢餓から集落全員の命を救う最後の防波堤でもあったのです。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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