野村将希『一度だけなら』の誕生秘話と飛猿へ至る不屈の軌跡

話題沸騰中の 野村将希『一度だけなら』の誕生秘話と飛猿へ至る不屈の軌跡について、多角的な視点をご紹介しています。

1970年(昭和45年)6月5日、日本コロムビアから発売されたシングル『一度だけなら』は、歌謡界に鮮烈な衝撃を与えました。当時、新人歌手・野村真樹としてスポットライトを浴びた彼は、まだ20代を目前にした美少年でありながら、どこか影のある大人の色気を漂わせていたのです。

本作の誕生には、昭和のヒットメーカーたちの並々ならぬ戦略がありました。作詞を手掛けたのは、後に五木ひろしの『よこはま・たそがれ』などを生み出す直木賞作家の山口洋子。作曲は伊東ゆかりの『小指の想い出』などで知られる稀代のメロディメーカー・鈴木淳です。男女の許されない一夜の契りとその代償を描いた切なくも生々しい歌詞は、若き野村のハスキーボイスと融合することで、単なる流行歌を超えたドラマ性を獲得しました。

「一度だけなら すべてを捨てる」という背徳的でストレートなフレーズは、高度経済成長期の日本において女性層を中心に凄まじい共感を呼びました。レコード発売直後から有線放送のリクエストを席巻し、同年の第12回日本レコード大賞・新人賞をはじめとする主要音楽賞を総なめにする快挙を達成。瞬く間にスターダムへと駆け上がったのです。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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