上九一色村の現在とサティアン跡地の今|分割合併の真相と消滅の歴史

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かつて異様な建造物が威圧感を放ち、迷彩服姿の信徒や警察車両、無数の報道陣で埋め尽くされていた山梨県南都留郡富士河口湖町の富士ヶ嶺(ふじがね)地区。2026年現在、この地を訪れても当時の禍々しい面影はどこにも見当たりません。

教団の巨大拠点だった第7サティアンの跡地は、事件終息後の1996年までに建屋が完全に解体・撤去されました。現在は一部が富士ヶ嶺公園(農村公園)として美しく整備され、広々とした芝生広場や木々が富士の稜線を受け止めています。周辺には名門ゴルフコースの敷地や牧草地が広がり、一部は時代の趨勢を映すメガソーラー発電施設へと転用されました。

教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)が逮捕された中二階の隠し部屋が存在した現場周辺も、案内板や記念碑の類は一切設置されていません。あるのは、草を食む乳牛の穏やかな姿と、澄み渡る高原の風の音だけです。「オウムの村」と呼ばれた重い十字架を背負わされた大地は、地元酪農家たちのたゆまぬ努力によって、本来の清らかな農村風景を取り戻しています。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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