瀬織津姫とは何者か?古事記から消された理由と天照大神の謎を追う
瀬織津姫とは何者か?古事記から消された理由と天照大神の謎を追うとはどんな影響があるのか? 主要なファクトを整理してお届けします。
瀬織津姫の神格を語る上で欠かせない一次史料が、平安時代の『延喜式』巻八に収録された神道の最重要祝詞『六月晦大祓(大祓詞)』です。大祓詞は、全国の神社で毎年6月と12月の晦日に奏上され、日々の生活で知らず知らずのうちに身にまとった罪や穢れを祓い清める神事の根幹を成しています。
祝詞の文脈において、人々が犯した数々の罪穢れは、高山の末・短山の末から激しく落ちたぎる早川の瀬に鎮座する「瀬織津比咩(セオリツヒメ)」によって、勢いよく大海原へと押し流されます。その後、潮の渦巻く海中にいる速開都比咩(はやあきつひめ)が飲み込み、気吹戸主(いぶきどぬし)が根の国・底の国へ息吹で吹き払い、最後に速佐須良比咩(はやさすらひめ)が完全に消滅させるとされています。この一連の浄化プロセスを担う「祓戸四神(はらえどよんしん)」の第一走者にして、最も力強い水流のエネルギーを持つ女神こそが瀬織津姫です。
原文には「川の瀬に坐す瀬織津比咩と云ふ神 大海原に持ち出でなむ」と明記されており、その本質は激流、早瀬、滝などの清冽な水流そのものが神格化した水神・祓除神である点に疑いの余地はありません。しかし奇妙なことに、これほど重要な役割を担う神が、天孫降臨や国譲りをドラマチックに描いた『古事記』(712年編纂)および『日本書紀』(720年編纂)には、名前すら一切登場しないのです。