藤圭子『新宿の女』が起こした奇跡|昭和歌謡史に刻まれた怨歌の真相
藤圭子『新宿の女』が起こした奇跡|昭和歌謡史に刻まれた怨歌の真相の総合ガイドをご紹介します。最新トレンドが満載です。
絶大な人気を誇る中、1971年に内山田洋とクール・ファイブのメインボーカル・前川清と結婚したことは芸能史に残る大ニュースとなりました。歌謡界のトップスター同士のカップルとして世間の注目を集めましたが、すれ違いの多さや過酷な環境から、わずか1年後の1972年に離婚に至ります。しかし後年のインタビューでも双方が相手への敬意を語り続けており、互いの才能を認め合った深い絆が存在していました。
その後、幾多の引退と復帰、渡米を経て宇多田照實氏と再婚。1983年に誕生したのが、後に日本のポップミュージックの歴史を塗り替えることになる宇多田ヒカルです。
宇多田ヒカルのボーカルに宿る、圧倒的なグルーヴ感と心の奥底を揺さぶる「切なさの成分(ブルーノート)」は、母・藤圭子のDNAそのものと言えます。形式的な伝統歌謡を破壊し、自らの叫びをメロディに乗せた母娘の軌跡は、時代を超えて共鳴しています。