「御用改めである」池田屋事件の真相と史実!名言誕生の背景を解明
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史実の記録にないセリフが、なぜこれほど強固に国民的共通認識となったのでしょうか。その背景には、明治から昭和にかけての大衆芸能とメディアの進化があります。
池田屋事件の記憶は、維新直後は「朝敵」とされた旧幕府軍の敗者としてタブー視されていました。しかし明治中期以降、旧隊士の永倉新八らの回顧録が新聞に連載され始めると、一転して幕末の悲劇のヒーローとして大衆の関心を集めます。そこで決定的な役割を果たしたのが、寄席で庶民を熱狂させた講談師たちの脚色でした。
講談や錦絵の世界では、複雑な歴史的背景を削ぎ落とし、聴衆を一瞬で引き込む「お決まりの型(様式美)」が求められます。江戸の捕物帳で観客に馴染み深かった「御用だ!神妙にいたせ!」という捕縛の決め台詞と、公務捜査を意味する「御用改め」が組み合わされ、緊迫感を極限まで高めるフレーズとして磨き上げられていきました。
この流れを決定づけたのが、昭和初期に活躍した作家・子母澤寛です。子母澤は元隊士の関係者や遺族への聞き書きをもとに『新選組始末記』(昭和3年)や『新選組遺聞』を発表。ジャーナリスティックな文体でありながらドラマチックな会話劇を取り入れ、大ヒットを記録しました。さらに司馬遼太郎の歴史小説『燃えよ剣』や『新選組血風録』がこれに続き、戦後の東映時代劇映画や大河ドラマが映像として決定打を与えます。
格子戸をガラリと引いて「御用改めである!」と名乗る演出は、歌舞伎の見得(みえ)と同じく、「ここから血湧き肉躍る大立ち回りが始まる」という観客への合図として機能したのです。