広隆寺の弥勒菩薩はなぜ国宝第1号?微笑みの謎と指破損事件の真相

広隆寺の弥勒菩薩はなぜ国宝第1号?微笑みの謎と指破損事件の真相の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。

美術史界において数十年にわたり白熱した議論が続いたのが、「この像は日本国内で彫られたのか、それとも朝鮮半島からの渡来仏なのか」という問題です。この論争に決定的な光を当てたのが、昭和期に行われた木質分析でした。

飛鳥時代から白鳳時代にかけて日本国内で制作された木彫仏のほとんどは、クスノキ(樟)を素材としています。法隆寺金堂の釈迦三尊像の光背や百済観音、中宮寺の半跏思惟像もクスノキ材です。ところが、広隆寺の宝冠弥勒を詳細に調査した結果、主材として用いられていたのは赤松(アカマツ)であることが判明しました。

赤松は朝鮮半島に豊富に自生し、当時の新羅仏において標準的に使われていた木材です。さらに、材木の内側を大きく刳り抜かない「一木造り」の手法や、衣のひだの幾何学的な処理、そして韓国の国立中央博物館に所蔵されている新羅の「金銅弥勒半跏思惟像(旧韓国国宝第83号)」と頭身の比率・冠の形状・表情が瓜二つである点から、現在では赤松新羅渡来説が極めて有力視されています。

『日本書紀』の推古天皇31年(623年)の条には、新羅からの使節が来日し、仏像を献上して広隆寺に安置したという記録が実在します。当時の新羅、百済、高句麗の三国が織りなす極東の緊迫した外交力学の中で、平和と友好の証として海を渡ってきた至宝が、1400年の時を経て太秦の地にそのまま息づいているのです。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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