近畿最古の芝居小屋「出石永楽館」の奇跡と片岡愛之助が繋いだ情熱

近畿最古の芝居小屋「出石永楽館」の奇跡と片岡愛之助が繋いだ情熱の概要と注目ポイントを一挙に解説しました。

出石永楽館の歩みは、日本の近代大衆演劇史そのものです。明治後期、但馬地方の経済と文化の中心地として栄えた出石に誕生して以来、歌舞伎をはじめ新派劇、寄席、活動写真(映画)などが上演され、町民の娯楽の殿堂として熱狂的な賑わいを見せました。

しかし、高度経済成長期を迎えた昭和30年代、テレビの普及や娯楽の多様化により映画館としての役目も終え、1964年(昭和39年)に惜しまれつつ閉館。その後、40年以上の長きにわたり静寂の中に放置され、一時は老朽化による解体も検討されました。

建物の運命を劇的に変えたのは、「ふるさとの誇りである芝居小屋を次世代に残したい」という地元・出石の住民たちによる署名・募金活動でした。平成に入り、豊岡市によって大規模な復原事業がスタート。当時の図面や古写真、職人の証言をもとに、明治後期の姿を忠実に再現する大改修工事が施され、2008年(平成20年)に44年ぶりの大復活を果たしたのです。

そして、この復活劇において象徴的な存在となったのが、上方歌舞伎の実力派・片岡愛之助丈でした。こけら落とし公演の座頭を引き受けた愛之助丈は、芝居小屋の空間美と出石の人々の温かさに深く感銘を受け、以来「永楽館歌舞伎」を自身のライフワークとして毎年秋に開催し続けています。愛之助丈は当時の取材やインタビューで次のように語っています。

「永楽館の舞台に立つと、客席のお客様の呼吸や熱量がそのまま背中に伝わってくる。ここは役者を育て、観客とともに芝居を創り上げる原点の場所です」

役者と地域住民、そして観客が三位一体となって育んできた絆こそが、永楽館に吹き込まれた魂の正体なのです。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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