猪木対アリ世紀の一戦の真相|過酷ルールと友情が生んだ歴史的激闘
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ファンが抱いた最大の疑問「なぜ猪木は立ち上がって組み合わなかったのか」の答えは、試合直前まで繰り広げられた契約条件の舞台裏に隠されていました。
アリ陣営の弁護士やプロモーターは、万が一にも現役世界王者が敗北、あるいは大怪我を負うリスクを徹底排除するため、試合前日に「条件を飲まなければアメリカへ帰国する」と強硬な態度で極限のルール制限を要求しました。当時の新日本プロレス専務取締役・新間寿氏らの証言資料によると、突きつけられた特別ルールは以下のように猪木の武器を完全に封じるものでした。
- 立った状態でのキック攻撃の禁止(膝立ち、または背中がマットについた状態でのみキック可)
- 立った状態でのタックル・足払いの禁止
- 頭突き、肘打ち、チョークスリーパー、関節技の全面禁止
- ボクシンググローブ着用のアリに対し、猪木は素手(オープンフィンガーグローブすらなし)
立ち技でボクシング世界王者と殴り合えば勝ち目はなく、立ったまま組み付くことも蹴ることも禁じられた猪木。残された唯一の攻撃手段が、「自らグラウンドに身を投じ、寝た状態からアリの膝や太ももを蹴り上げる」という奇策、のちに「アリキック」と呼ばれる戦法でした。猪木は15ラウンドにわたりグラウンドポジションを取り続け、アリの左脚に凄まじいダメージを与え続けました。
試合結果は15ラウンド規定時間終了、三者三様の判定による引き分け(ドロー)。試合後、アリは左脚の打撲から重度の血栓症を引き起こして入院を余儀なくされ、一時は切断の危機すら報じられるほどでした。一方の猪木もアリのパンチを受け流しつつ蹴り続けた結果、右足甲の剥離骨折を負っており、双方が肉体の限界を超えて削り合った凄絶なリアルファイトだったのです。