純烈・白川裕二郎の相撲時代!四股名「綱ノ富士」と引退理由の真相
今注目を集めている 純烈・白川裕二郎の相撲時代!四股名「綱ノ富士」と引退理由の真相について、多角的な視点を整理して公開しています。
順風満帆に見えた力士生活に突然のピリオドが打たれたのは、1996年、稽古中の激痛によるものでした。幕下上位や関取衆との激しい申し合い稽古の中で、白川裕二郎は左膝の靭帯および半月板に壊滅的な重傷を負ってしまったのです。
相撲は土俵の上で100kgを超える巨体同士が激突する極限の格闘技です。踏ん張りが利かなくなった膝は力士にとって致命傷であり、一度は再起をかけて懸命なリハビリと治療に励んだものの、日常生活で歩行すら困難になるほどの激痛が襲いました。
「このまま無理をして土俵に立ち続ければ、将来的に自力で歩けなくなる恐れがある」という医師からの非情な宣告を受け、師匠の朝日山親方と幾度も話し合いを重ねました。親方としても有望な愛弟子を手放すのは断腸の思いでしたが、二十歳そこそこの青年の将来を第一に考え、無念のドクターストップによる引退を認める決断を下しました。1996年夏、白川裕二郎の相撲人生は志半ばで幕を閉じることとなったのです。