伝説のアウトロー柳川次郎と電撃解散の真相!語られぬ晩年の足跡
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警察当局が威信をかけて断行した「第一次頂上作戦」により、組織の首脳陣は次々と網の目に追い込まれた。柳川自身も逮捕・収監され、獄中生活を余儀なくされる。そして1969年4月、日本中を驚愕させる事態が起きた。柳川組の電撃的な解散宣言である。
この解散劇の真相については、長年さまざまな憶測が飛び交ってきた。一般には警察の厳しい締め付けに屈した形と捉えられがちだが、残された独占記録や関係者の証言が示す力学は遥かに複雑だ。当時、本家である山口組トップの田岡一雄に事前の承諾を得ることなく、獄中から弁護士を通じて一方的に解散届を提出したという事実は、組織内に激震を走らせた。
「これ以上、若者を無駄死にさせられない」――柳川の胸中にあったのは、組織の巨大化に伴う統制の限界と、時代の急速な変化に対する冷徹な洞察だった。武力による制圧が通用する時代は終わったという現実主義的な判断が、盟友・谷川との獄中対話を経て、前代未聞の解散劇へと結実したのである。