黒木瞳の宝塚時代は何が異例だったのか?研2抜擢と電撃退団の真相
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1985年、黒木瞳は研5(入団5年目)という、まさに舞台人として脂が乗り始めるタイミングで突如として宝塚歌劇団を去りました。同年の月組公演『二都物語/ヒートウェーブ』の千秋楽をもって、大地真央と運命を共にする電撃的な同時退団でした。一般的にトップ娘役は、相手役の男役が退団した後も残留して次のトップを支えるケースが少なくありません。にもかかわらず、なぜ彼女はこれほど早い段階で潔く去ったのでしょうか。
その退団理由の根幹にあったのは、大地真央という稀代のトップスターに対する絶対的な忠誠心と美学でした。黒木は常々、「私は大地真央さんによって娘役に選ばれ、大地さんに育てていただいた。真央さんがいらっしゃらない宝塚に残る理由はどこにもない」という心情を抱いていました。自身をスターへと引き上げてくれたパートナーの門出を共に見届けることこそが自らの責任であり、コンビとしての完結であると決断したのです。
当時の報道や手記によると、劇団側からは慰留の声もあったとされていますが、黒木の意志は微動だにしませんでした。24歳という若さでの退団劇は、劇団関係者のみならずファンにも強烈な寂寥感を与えましたが、未練を一切見せないその引き際こそが、「伝説のコンビ」としての完成度を永遠のものにしたと言えます。