三國連太郎の若い頃が超絶イケメン!佐藤浩市・寛一郎と激似の壮絶伝説
三國連太郎の若い頃が超絶イケメン!佐藤浩市・寛一郎と激似の壮絶伝説の要点を分かりやすくまとめてご紹介します。
美貌の新人スターとして世に出た三國連太郎でしたが、本人は甘い二枚目役に安住することを徹底的に拒絶しました。彼が求めたのは、人間の内面をえぐり出す生々しいリアリズムでした。
その執念を物語る最も有名なエピソードが、1957年の映画『異母兄弟』での役作りです。当時34歳だった三國は、冷酷な旧軍人の老人期をリアルに演じ分けるため、なんと健康な自身の歯を上下合わせて10本抜歯して撮影に臨みました。頬をこけさせ、老人の口元を完璧に再現するための狂気とも言える決断は、周囲のスタッフや共演者を震撼させました。
さらに内田吐夢監督の最高傑作『飢餓海峡』(1965年)では、貧困から罪を犯し、名前を変えて実業家へと成り上がる男・犬飼多吉(樽見京一郎)を怪演。泥水をすするような人間の執念と哀哀たる悲哀を見事に体現し、日本映画史に残る不朽の演技力を証明しました。「怪優・三國連太郎」の名は、こうした自らの肉体と精神を極限まで削る役作りによって築き上げられたのです。