三億円事件・少年Sの遺書と青酸死の謎|白バイ警官の父と消えた真相
三億円事件・少年Sの遺書と青酸死の謎|白バイ警官の父と消えた真相を徹底追究! 知っておきたい 重要ポイントを凝縮して配信します。
少年Sが「犯人像」に驚くほど合致した最大の理由は、父親が現職の警視庁白バイ隊員(巡査部長)だったという驚愕の事実にあります。白バイの運転技能、警察無線の仕組み、白バイ警官特有の合図や所作、さらには雨具などの装備品に至るまで、少年Sは父親を通じて熟知し得る極めて稀有な環境に育っていました。
しかし、捜査員が本格的な聴取に着手しようとした矢先の1968年12月15日夜、少年Sは自宅の自室で青酸カリをあおり、急死してしまいます。事件からわずか5日後の急転直下の事態でした。
「遺書」の有無と遺された言葉をめぐる謎
少年Sの死後、世間の関心は「遺書の内容」に集中しました。自らの罪を告白したのか、あるいは冤罪を訴えていたのか。結論から言えば、警視庁の公式発表において「遺書は一切残されていなかった」と結論づけられています。
ところが、当時の週刊誌報道や警察担当記者の回顧録では、全く異なる証言が根強く語り継がれています。「机の引き出しに父親宛ての走り書きがあった」「『僕はやっていない、信じてくれ』という無実を訴えるメモを父親が隠蔽した」「警察の体面を守るために処分された」といった噂です。父親は息子の死後、多くを語ることなく沈黙を貫き、後に警察を退官。この父親の沈黙と、息子の遺体が異例の早さで荼毘に付された事実が、「都合の悪い真実(遺書)が消されたのではないか」という疑惑を決定的なものにしました。
なぜ死を選んだのか|自殺の真相と精神的破綻
仮に少年Sが自ら命を絶ったとすれば、その動機は何だったのか。考えられる最大の要因は、白バイ警官である父親からの極限の追及と家庭内での孤立です。事件直後、犯行の手口を見た父親は、即座に息子の関与を疑い、家庭内で激しい尋問を行ったとされています。「息子が警察を冒涜する大罪を犯したのではないか」という恐怖に駆られた父親の追及は、19歳の少年にとって逃げ場のない心理的拷問に等しかったと考えられます。
また、地元で警察の捜査網が急速に狭まっている気配を察知し、極度のプレッシャーから精神的に追い詰められた結果の自死であったという見方が、当時の捜査幹部の手記でも有力視されています。