直木賞作家・山口洋子の真実|銀座クラブ姫と五木ひろしヒット曲の裏側
直木賞作家・山口洋子の真実|銀座クラブ姫と五木ひろしヒット曲の裏側の主要なニュースを専門的かつ分かりやすくまとめました。全体像を一目で把握できます。
山口洋子は1937年5月10日、愛知県名古屋市に生まれました。東宝芸能学校を経て女優を志したものの、芸能界の旧弊な体質に妥協することを嫌い、自らの才覚で生きていく道を選択します。そして弱冠19歳(公称20歳前後)にして、銀座の一等地に会員制高級クラブ「姫」をオープンさせました。
必読記事
当時、銀座の夜を彩るクラブの中でも「姫」は別格の存在感を放っていました。顧客名簿には石原慎太郎、吉行淳之介、野坂昭如、長嶋茂雄といった政財界・文壇・スポーツ界のトップランナーが名を連ねていました。山口は単なる接待の場としてではなく、男たちの虚栄心、孤独、脆さを冷徹なまでに見つめる「人間観察の実験場」としてその空間を差配していたと自著で述懐しています。
1960年代後半から作詞の世界へ進出すると、持ち前の研ぎ澄まされた言語感覚が開花します。1971年に手掛けた五木ひろしの『よこはま・たそがれ』が空前の大ヒットを記録し、作詞家としての地位を不動のものとしました。さらに1980年代に入ると小説の執筆に本格着手し、1985年には短編小説集『演歌の虫』および『老梅』で第93回直木賞を受賞。夜の街のカリスマ、日本を代表する作詞家、そして直木賞作家という三冠を果たした人物は、日本の近現代文化史において彼女をおいて他に存在しません。