日本三景とは?選ばれた理由と歴史の真相を徹底解説【松島・天橋立・宮島】
日本三景とは?選ばれた理由と歴史の真相を徹底解説【松島・天橋立・宮島】に関する知りたいポイントをわかりやすくまとめました。今すぐチェックことができます。
日本三景の場所は、北から順に宮城県宮城郡松島町の「松島」、京都府宮津市の「天橋立」、そして広島県廿日市市の「宮島(厳島)」です。地理的には東北・関西・山陽と大きく離れた3つの海沿いに位置しています。
この3カ所が日本を代表する景勝地として位置づけられた発端は、江戸時代初期の寛永20年(1643年)に儒学者・林春斎(はやししゅんさい)が記した地誌『日本国事跡考(にほんこくじせきこう)』にあります。幕府に仕えた林羅山の三男である春斎は、日本各地を行脚した記録の中で次のように書き残しました。
「松島、此の島凡そ八百余歩、松柏蓊鬱たり……丹後の天橋立、安芸の厳島、三処を奇観となす」
この記述こそが、日本三景という概念の原点です。当時、日本全国を巡る知識人の間で春斎の書物が広く読まれ、文化人や旅人たちの間で「一度は訪れるべき三処の奇観」として口コミで広まりました。その後、元禄年間に儒学者の貝原益軒が『扶桑記』などで取り上げ、文化・文政期には全国的な観光名所として不動の地位を確立したのです。
では、なぜ数ある名勝の中からこの3カ所が選ばれたのでしょうか。歴史地理学や景観論の研究資料によると、3カ所には明確な共通項が存在します。それは「海に面した水辺の景観」「風光明媚な島や砂州」「豊かな松林(青松)」という、日本古来の白砂青松の美意識を極限まで体現している点です。さらに、古くから歌枕として和歌に詠まれ、神道や仏教の信仰拠点(厳島神社、瑞巌寺、成相寺など)として人々の畏敬を集めていた文化的文脈が重なったことが決定的な選定理由となりました。