【2.26事件の真相】なぜ起きた?青年将校の動機と昭和天皇の怒り・結末
【2.26事件の真相】なぜ起きた?青年将校の動機と昭和天皇の怒り・結末の詳細について、分かりやすい解説を詳しくお届けします。
Q1:青年将校たちは天皇のために立ち上がったのに、なぜ「反乱軍」とみなされたのですか?
A1:将校たちは天皇親政を目指しましたが、大日本帝国憲法下において軍の指揮権(統帥権)を持つ昭和天皇の許可なく部隊を勝手に動かしたことは重大な軍規違反(私兵の動員)にあたりました。何より、天皇自らが彼らのテロ行為を「臣下を殺害する暴挙」として断固拒絶したため、法的に「反乱軍」として鎮圧されることになりました。
Q2:思想的指導者とされる北一輝は、本当に事件を直接指示していたのですか?
A2:北一輝は将校たちに思想的影響を与え、資金支援や助言は行っていましたが、決起の具体的日時や襲撃計画を直接立案・現場指揮したわけではありませんでした。しかし、軍部首脳は事件の思想的元凶を根絶するため、特設軍法会議において実質的な首謀者の一人として死刑判決を下しました。
Q3:岡田啓介首相は包囲された首相官邸からどのように脱出したのですか?
A3:岡田首相は女中部屋の押し入れに隠れて難を逃れました。翌日、身代わりとなって射殺された義弟・松尾伝蔵の遺体を引き取るため官邸に入った救出部隊(憲兵や秘書官)が、岡田首相に変装を施し、弔問に訪れた親族や関係者の群れに紛れ込ませて脱出させました。