金正恩の実母・高容姫の真実|大阪出自の秘密とパリ客死の全内幕

金正恩の実母・高容姫の真実|大阪出自の秘密とパリ客死の全内幕の概要と注目ポイントを一挙に解説しました。

平壌音楽舞踊大学などで頭角を現した彼女は、北朝鮮最高峰の歌舞団である「万寿台(マンスデ)芸術団」の舞踊手(踊り子)として採用されます。この頃、名を「高容姫」へと改め、1970年代初頭には日本公演を含む海外公演メンバーにも選ばれるなど、看板ダンサーとして活躍しました。

転機が訪れたのは1970年代半ばのことです。芸術・映画事業を統括していた後継者時代の金正日が開いた秘密の宴会に動員された際、彼女の優雅な身のこなしと控えめで献身的な性格が金正日の目に留まりました。当時、金正日には成恵琳(ソン・ヘリム、長男・金正男の母)や公式な妻とされる金英淑(キム・ヨンスク)がいましたが、次第に高容姫が「事実上の本妻」として私生活を独占するようになります。

金正日専属料理人として長年仕えた藤本健二氏の手記によると、金正日は彼女を深く信頼し、宴席では常に隣に座らせて「私の妻」と紹介していたと証言されています。彼女は金正日との間に金正哲(長男)、金正恩(次男・現総書記)、金与正(長女・現党副部長)をもうけ、権力中枢における地位を不動のものとしました。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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