丹下健三の代表作と最高傑作の真実|世界のタンゲが遺した名建築の衝撃

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丹下健三が「世界のタンゲ」と呼ばれる理由は、国内での実績以上に、冷戦期から中東・欧州・アジアにわたる国際的な都市開発を手がけたスケールの大きさにあります。

1965年に起きたマケドニア(現北マケドニア)の大地震からの復興計画である「スコピエ都市再建計画」の国際コンペで1位を獲得したことは、日本の都市計画が国際的に認められた歴史的快挙でした。都市軸を基軸にした「都市の壁(City Wall)」と「都市の門(City Gate)」という都市構造計画は、戦後復興都市デザインの教科書として現在も国際的に高く評価されています。さらにサウジアラビアの宮殿や政府官庁、シンガポールのOUBセンター(地上280mの超高層ビル)など、丹下の海外代表作は国家規模のプロジェクトばかりでした。

こうした国際的功績が結実し、1987年に丹下は建築界最高の栄誉であるプリツカー賞を日本人として初受賞。「歴史への深い敬意と、近代技術の驚異的な統合を果たした」と称賛され、日本の現代建築家たちが世界へ飛翔する強固な足がかりを築いたのです。

特筆すべきは、東京大学工学部の「丹下研究室(丹下ラボ)」から巣立った門下生の層の厚さです。磯崎新(2019年プリツカー賞受賞)、黒川紀章、槇文彦(1993年プリツカー賞受賞)、谷口吉生など、20世紀後半から21世紀の建築界を牽引したトップアーキテクトたちが丹下の元で切磋琢磨しました。丹下が提唱した巨大構造物の中に機能を集約する「メガストラクチャー思想」や、増殖・変化する建築概念「メタボリズム」は、愛弟子たちを通じて現代の都市デザインに受け継がれています。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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