枕草子「二月つごもりごろに」徹底解説!公任の難題と定子サロンの真相
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枕草子「二月つごもりごろに」は、長保3年(1001年)頃に成立したとされる清少納言の随筆の中でも、「日記的章段」に分類される代表作です。まずは物語の導入から結末までの流れを、流麗でわかりやすい現代語訳とともに辿ります。
タイトルの「つごもり」とは、古文において「月の終わり、月末」を意味する重要語です(「月隠(つきごもり)」が転じた言葉)。陰暦二月の末、季節は春に入っているはずですが、まだ厳しい寒さが残り、なごり雪がちらつく薄暗い日でした。清少納言が中宮定子の御前で同僚の女房たちと語らっていたところ、主殿寮(殿舎の清掃などを司る役所)の役人が一通の手紙を届けてきます。
手紙の主は、一条朝の宮廷で「和歌・漢詩・管弦の三舟の才」と謳われた若き貴公子・藤原公任。差し出された紙を開くと、そこには和歌の上半分(五・七・五)がなく、下半分(七・七)だけが記されていました。
「少し春ある 心地こそすれ」
(ほんの少しだけ春が訪れたような気持ちがすることですよ)
添えられた言葉は「ただ今、これに上の句を付けて返しなさい」。公任からの突然の知略テストでした。清少納言は激しく動揺します。相手は当代最高峰の美意識を持つ文化人です。下手な句を返せば、自分一人だけでなく、仕える中宮定子の後宮全体の教養が疑われかねません。
清少納言は中宮定子に相談しようとしますが、定子は御前で御祈祷(お勤め)の最中で声をかけられません。使者は「早く返事を」と急かします。絶体絶命のプレッシャーの中、清少納言は冷え冷えとした外の空気に舞う雪を見つめ、震える手で炭取りの燃えさしを取り、即座に上の句を書き留めました。
「空寒み 花にまがへて 散る雪に」
(空が寒々としているので、梅の花と見間違えるようにして散ってくる雪のせいで)
この二首を合わせると、「空寒み花にまがへて散る雪に 少し春ある心地こそすれ」(空が寒々とし、梅の花と見紛うように雪が降っているからこそ、ほんのりと春が来たような心持ちがするのです)という、情景と季節の移ろいを見事に捉えた優美な一首が完成します。
手紙を届けさせた後も、清少納言は「公任様はどう評価されるだろうか、定子サロンの女房として恥ずかしい出来ではなかったか」と胸を痛めていました。しかし後日、その場に同席していた俊賢の宰相(源俊賢)から「中将(公任)は『あの女房を定子様のサロンから引き抜いて、我らの側に置きたいものだ』と絶賛していましたよ」という知らせが届き、清少納言は安堵の息を漏らすのです。