お妾さんとは何者?愛人との決定的違いと歴史的実態を徹底解説

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日本における妾の歴史は古く、奈良時代の大宝律令(701年)においてすでに身分制の一部として規定されていました。しかし、特筆すべきは近代国家への脱皮を図った明治初期の法制度です。

1870年(明治3年)に制定された法典『新律綱領』において、政府は妾を「二等親」と定めました。これは本妻と同じ親族等身であり、実の兄弟姉妹や祖父母と同格の公的な身分として認められたことを意味します。さらに1873年(明治6年)の太政官布告第162号により、妾の戸籍登録(入籍)が正式に認められ、日本法制史上、妾制度は国家権力によって完全に公認されるに至りました。

転換期が訪れたのは、西洋諸国との不平等条約改正交渉が進展した1880年代です。キリスト教圏の一夫一婦制を文明の指標とする欧米諸国から、日本の妾制度は「野蛮な複婚(一夫多妻)風習」として激しい外交的批判を浴びました。

政府はまず1880年(明治13年)公布の旧刑法で妻の姦通罪を規定しつつ、1882年(明治15年)の戸籍法改正で妾の戸籍記載を廃止。そして1898年(明治31年)に施行された『旧民法(明治民法)』第765条において、明確に重婚を禁止し、一夫一婦制を唯一の合法的婚姻形態として確立させました。これにより、法制度としての妾は名実ともに消滅を迎えたのです。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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